自己肯定感を高めるアサーション:穏やかに、誠実に自分を表現する技術
言いたいことが言えない悩みと自己肯定感
日々の生活や仕事の中で、「本当はこうしたい」「これは難しい」と思っていても、なかなか言葉にできない、あるいは「NO」と言えない状況に直面することは少なくないかもしれません。相手にどう思われるか、波風を立てたくない、期待に応えたいといった様々な思いが、言葉を飲み込んでしまう原因となることがあります。
こうした状況が続くと、自分の感情や意見を抑圧することになり、心の中に不満や無力感が募っていきます。「どうせ言っても無駄だ」「自分の考えは重要ではないのかもしれない」といった気持ちが生まれ、それがやがて自身の価値を低く見積もってしまうことにつながり、自己肯定感を損なう要因となり得ます。
しかし、自分自身の気持ちや考えを大切にし、それを誠実に表現することは、健全な人間関係を築き、自己肯定感を維持・向上させる上で非常に重要です。ここでは、自分を大切にしながら相手にも配慮するコミュニケーションのあり方、「アサーション」という考え方をご紹介し、自己肯定感の回復につなげるためのヒントを探ります。
アサーションとは何か? 非主張的・攻撃的との違い
アサーション(Assertion)とは、相手の人権を尊重しつつ、自分の意見や感情、要求などを率直かつ誠実に表現するコミュニケーションの方法です。これは、以下の2つの極端なコミュニケーションスタイルとは異なります。
- 非主張的(Non-assertive):自分の気持ちや意見を表現せず、相手の意見や要求を一方的に受け入れてしまうスタイルです。波風を立てない反面、自分の感情を抑圧し、ストレスや自己肯定感の低下につながりやすいです。
- 攻撃的(Aggressive):相手の気持ちや立場を顧みず、自分の意見や要求を一方的に押し通そうとするスタイルです。一時的には自分の主張が通るかもしれませんが、人間関係にひびが入りやすく、後悔や孤立を招くことがあります。
アサーションは、これらの間にある「自分も相手も大切にする」コミュニケーションです。自分の権利も相手の権利も尊重しながら、正直に自分を表現することを目指します。
なぜ言いたいことが言えないのか?
言いたいことが言えない背景には、様々な心理的な要因があります。
- 拒否されることへの恐れ: 自分の意見が受け入れられなかったり、反対されたりすることへの不安。
- 「良い人」でいたいという願望: 相手に嫌われたくない、常に協力的でいたいという気持ち。
- 完璧主義: 自分の意見が完璧でないといけないと考え、表現することを躊躇する。
- 過去のネガティブな経験: 以前に自分の意見を言ったことで否定されたり、トラブルになったりした経験。
- 自己評価の低さ: 自分の意見には価値がない、どうせ聞いてもらえないという思い込み。
これらの要因は、自己肯定感の低さと深く結びついています。自分自身の内面に目を向け、これらの恐れや願望、思い込みに気づくことが、アサーションを学ぶ第一歩となります。
アサーションの実践:自分を誠実に表現するためのステップ
アサーションは、すぐに完璧にできるようになるものではありません。練習を重ねることで、少しずつ身についていくスキルです。以下に、実践のための基本的なステップと考え方をご紹介します。
1. 自分の感情や考えを認識する
自分がその状況でどう感じているのか、何を考え、どうしたいのかを正直に自覚することから始めます。例えば、「この依頼は期日までに終わらせるのが難しいと感じている」「この仕事の進め方には疑問がある」「もう少し自分の時間が欲しい」など、具体的な内面を把握します。
2. 「I(わたし)メッセージ」で伝える
自分の気持ちや考えを伝える際には、「あなたは~だ」と相手を非難するのではなく、「私は~と感じている」「私は~と思う」といった「Iメッセージ(アイメッセージ)」を使うことが効果的です。これにより、相手を攻撃することなく、自分の内面を誠実に伝えることができます。
- 例:「なぜもっと早く報告しなかったんだ!」(Youメッセージ)
- 例:「報告が遅れたことで、私は〇〇の点で困りました。」(Iメッセージ)
3. 具体的な状況を描写する
抽象的な不満や批判ではなく、どのような状況に対して、自分がどう感じ、どうして欲しいのかを具体的に伝えます。「いつも手伝ってくれない」ではなく、「昨日、〇〇の件で手助けをお願いしたのですが、対応いただけませんでした。その時、私は少し残念に感じました。」のように、事実に基づいた表現を心がけます。
4. 相手への配慮と選択肢の提示
アサーションは相手を尊重するコミュニケーションです。自分の要望を伝えるだけでなく、相手の状況や気持ちにも配慮を示すことが重要です。また、一方的に要求するのではなく、「~していただけると助かりますが、難しければ別の方法を考えましょうか?」のように、解決策の選択肢を提示することで、建設的な対話につながりやすくなります。
5. 小さなことから練習を始める
いきなり難しい状況でアサーションを試みる必要はありません。まずは、親しい家族や友人との会話の中で、小さな「自分の意見」や「自分の希望」を伝えてみることから始めましょう。例えば、「今日の夕食は〇〇が食べたいな」「週末は少し静かに過ごしたい気分なんだ」といった日常の場面での練習が有効です。
仕事におけるアサーションの応用
仕事の場面では、アサーションは様々な形で役立ちます。
- 依頼を断る場合: 「お声がけいただきありがとうございます。大変興味深いお話ですが、現在抱えているタスクの関係で、残念ながらお引き受けすることが難しい状況です。」のように、感謝を示しつつ、できない理由を誠実に伝えます。代替案があれば提示するのも良いでしょう。
- 意見を述べる場合: 会議などで自分の意見を言う際には、「〇〇という点について、私は△△と考えます。その理由は~です。」のように、自分の視点であることを明確にし、根拠を添えて calmly に述べます。
- 部下へのフィードバック: 部下の行動に対して改善を促す場合、「あなたの〇〇という行動について、私は△△という影響が出ると考えています。次回からは□□のようにしていただけると助かります。」のように、Iメッセージを使い、具体的な行動と影響、期待を伝えます。
アサーションを実践することは、自分自身の境界線を明確にし、自己尊重の姿勢を示すことにつながります。これが、結果として自己肯定感の向上に寄与するのです。
自分を表現することが、心の安定と自信につながる
言いたいことを我慢し続けることは、知らず知らずのうちに心に負担をかけ、自信を失う原因となります。アサーションは、単に自分の意見を主張するための技術ではなく、自分自身の感情や考えを大切にし、それを表現することで自己尊重感を育むプロセスです。
最初はうまくいかないこともあるでしょう。完璧を目指す必要はありません。少しずつ、自分が心地よいと感じる範囲で、自分を表現する練習を重ねていくことが大切です。
自分を偽らず、誠実に表現できたという小さな成功体験は、着実に自己肯定感を積み上げていきます。自分自身の声に耳を傾け、それを大切に扱うことが、心の安定と揺るぎない自信を取り戻すための一歩となるはずです。